2024.11.05
haru nomuraと人 サイドストーリー・旅するかばん【前編・旅するかばんができるまで】
haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。2024年11月1日から<旅するかばん>は3回目のモデルチェンジをして再販となりました。今回は番外編として、haru nomuraの看板商品の<旅するかばん>に焦点を当て、発表した2015年から現在までの道のりを辿りたいと思います。
前編は、旅するかばんができるまでのお話しです。
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2014年秋、1日だけの展覧会を夷川通寺町の小さなギャラリーで開催しました。当時私は美大生で、手探りの中ブランド活動を始めたばかり。そんな時、haru nomuraを偶然知った、麻の会社のKさんがギャラリーに飛び込みで営業に来てくれました。
「野村さんの染めに絶対リネン(麻)が合うと思う。一度染めてみない?」と。
様々な素材の染色に挑戦してみたい時期でしたし、リネンが好きだったので、話がトントンと進みました。今もKさんには大変お世話になっていますが、その出来事が<旅するかばん>制作のきっかけでした。
翌月にはKさんの案内で、麻の織工場にお邪魔し、生産の現場を勉強させてもらいました。その場で、次の展覧会の新作用に生地を購入し、大学の地下にあったアトリエに持ち帰りました。初めて扱う素材に困惑しながら、試行錯誤して生まれたのが<旅するかばん>です。大学のアトリエは朝8時から夜22時まで使用できました。地下の窓のない部屋で時間感覚が狂ったまま、昼寝用のブランケットや歯ブラシを持ち込んで、夢中で手を動かした記憶があります。自分でサンプル縫いをし、縫製工場さんとのやりとりを経て、かばんのかたちが決まりました。
<旅するかばん>の設計段階で意識したのは、無駄がないこと。というのも、リネンは亜麻という植物が原料で、根、茎、葉、種まですべて有効に使われるところが特徴。廃棄する部分が無いリネン素材と同様に、端切れが出ないように生地幅を生かしたデザインになっているところが<旅するかばん>のポイントです。当時からモデルチェンジした今も、そのポリシーを守っています。染めてみると、Kさんの言う通りリネンと天然染料との相性は抜群でした。特に、柿渋染めの風合いと発色には驚きました。
よくお客様から、<旅するかばん>というネーミングを褒めていただくことが多いのですが、実はデザイナーの仲村健太郎さんがポロッと言った一言がそのまま商品名になりました。展覧会のDM用の写真撮影のプランを練るため、デザイナーの仲村さんと写真家の守屋さんと、打ち合わせを兼ねた餃子パーティーをしている時。餃子を包みながら、守屋さんが「琵琶湖にかばんの撮影旅行に出かけないか」と提案してくれ、仲村さんが光の速さで「じゃあ、<旅するかばん>ですね」と。野村が「それだ!」となり即採用。信頼している仲間たちの鶴の一声で道が開けるのは、今とあまり変わらないですね。
佇まいが良い!ということで画家の神馬さんにモデルをお願いし、電車に揺られながら琵琶湖でかばんの撮影をしました。今や定着した、旅をしながらのブランドイメージ撮影は、この撮影が最初でした。haru nomuraのブランドイメージは、かばんだけでなく、仲間と創作する楽しい時間も一緒に記録しているように思います。数年ぶりに見返しても全く色褪せないですし、思い出のアルバムを開くのに気持ちが似ています。
北白川ちせさんでの発表が、<旅するかばん>の初めてのお披露目でした。その後、継続して<旅するかばん>を作り続けていましたが、今ほど大きく世に出ることはありませんでした。看板商品にまでなったのは、SNSの後押しがありました。かばんのユーザーさんが<旅するかばん>で旅をしている様子の写真を、SNSにアップしてくれるようになったのです。それを見た別の方が、旅行の前や、新生活や記念日など新たな門出のタイミングで購入してくださり、記念写真をアップ。そして次のユーザーさんへとどんどん広がる。知らぬ間に、リレーのバトンのよう広がっていきました。
琵琶湖への日帰り旅から始まった<旅するかばん>ですが、現在は海を超えてユーザーさんがいます。ロサンゼルスやパリ、韓国やシンガポール。私が旅をしたことのない場所に、旅するかばんは旅をしているのだなと思うと、なんとも感慨深いものがあります。
先日、20代のお客様とお話ししている時に「旅するかばんの自由さが、僕たちの心をたまらなく掴むんです」というありがたい言葉をもらいました。彼は、ちょうど私が旅するかばんを作ったのと同じ年の頃だと思います。大人になると自由が消えてしまう気がして、とにかく旅に出たかった時期が、私にもありました。年を重ねると、その気持ちは落ち着くものとばかり思っていたのですが、自由を求める気持ちは増していくばかりです。それに寧ろ、年を重ねてどんどん自由になっている気さえする。結局、<旅するかばん>を選ぶ私たちは、生涯自由を求めながら旅をするのだと思います。