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2024.11.15

haru nomuraと人 サイドストーリー・旅するかばん【後編・旅するかばんのリネンのはなし】

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。2024年11月1日から<旅するかばん>は3回目のモデルチェンジをして再販となりました。今回は番外編として、haru nomuraの看板商品の<旅するかばん>に焦点を当て、発表した2015年から現在までの道のりを辿りたいと思います。

後編は、<旅するかばん>の生地「リネン」の話を中心に、モデルチェンジした<旅するかばん>のディテールについて語ります。

【後編・旅するかばんのリネンの話】

世界的服飾デザイナーのクリスチャン・ディオールは、「デザイナーにとってのリネン素材は、彫刻家にとっての大理石のようにとても高貴な素材だ」という言葉を残しました。haru nomuraの製品においても、リネンという素材は欠かせません。<旅するかばん>に始まり、flattote巾着など、展示会ではいつも目立つところにリネンの商品が並びます。

皆さんもきっとリネンと聞くと、高級な素材であるという印象を持つかと思います。身近な街の手芸店でも、綿素材や他の素材に比べて、リネン素材は1mあたりの値段が倍以上だったりします。リネンが高級である一つの理由は、リネンの生育の難しさにあります。

リネンの原料の「亜麻(フラックス)」は、寒冷な地域で栽培される一年草です。北フランスや、ベルギー、オランダなどで栽培されています。日本では、かつて北海道で盛んに栽培されていましたが、第二次対戦後その規模は減少し、今は国内ではほとんど栽培されていません。

亜麻は3月から4月に種を蒔き、100日から120日ほどで1mの背丈に成長します。非常に生命力の強い植物なので、農薬を使わないことでも知られています。ただし、糸を作る工程で薬品を使うので完全オーガニックというわけではありません。亜麻は、初夏に1日だけブルーの花を咲かせます。朝方に花が咲き、夕方には萎んでしまう儚い花だそう。その後、根本から抜き取り、そのまま畑に倒して、1ヶ月ほど寝かせて表面を腐らせ、繊維を取り出しやすくします。雨や露、風や日光を利用してカビを発生させるこの腐敗の工程を「デュー・レッティング(雨露浸水法)」と言います。また亜麻は生育が良い分、一度収穫すると土壌が痩せてしまうため、6年間の休耕が必要となる生産条件が厳しい植物でもあります。その間の6年は、その土地で小麦やジャガイモなどを作るそうです。広大な土地が必要であるというところも、亜麻栽培において重要なポイントです。名曲「亜麻色の髪の乙女」の亜麻色とは、亜麻(リネン)を紡いだ糸の色のような、黄色がかった薄茶色を指しますが、亜麻色の糸に至るまでに実はこのような大変な工程があるのです。

話は変わって、今年の夏。麻会社のKさんから<旅するかばん>の本体生地の廃盤について、連絡がありました。聞けば、中国やバングラディシュの糸の生産現場で、様々な理由で糸の製造が難しいとのこと。推測するに、旅するかばんの本体に使っている太い番手のリネン糸はニーズがない(油絵のキャンパスくらいでしょうか)ことがあるのではないかと思います。糸が作れなければ、国内で織ることもできないので、廃盤という選択だと思います。長く安定した品質で生産できるようにと選んだ生地でしたが、廃盤となると、次の選択を考えていくしかありませんでした。

2015年に発売した<旅するかばん>を、大きく変更したのは2021年のこと。それまでは、生地の耳が整っていたデザインだったものを、フリンジタイプに変更したことで、生地幅を生かしたデザインがより強調されました。綿のタグをタイベック素材に変更したのもこのタイミングでした。定番の商品だから変えずにやっていくことも大切だけれど、定番の商品だからこそより良い方に変えていくことの面白さを知りました。

今回の生地の廃盤後に、また大きくデザインを変えてしまうという可能性もあったのですが、第2モデルの素朴で緩やかなフォルムを活かす方向で話を進めていきました。Kさんと考えたのは、糸の撚り方を工夫して、第2モデルとほぼ見分けがつかない生地感にもっていくこと。細い糸を撚りあわせて、今までの太い糸を再現しました。生地に織ってしまえば、見た目にはわからないのですが、撚ったことで繊維が空気を含んでフワッと柔らかな質感が生まれました。そのおかげか、今までよりも染色の染まり具合も良くなった気がします。せっかく行き着いた今回の生地も、残念ながら、今私の手元にある限りで廃盤となります。

上の3つ並んだ藍色の<旅するかばん>の写真をご覧ください。ちょうどタイミングよく、2015年の初期モデルのユーザーさん、2021年モデルのユーザーさんが、染め直しの修理に出してくださったので、3つのモデルを並べてみました。藍色で染め直している2つと、新しく染めた1つです。2015年から使い込んだかばんが、第3モデルと変わらない見た目にまで変化するのは染め直しのメンテナンスの面白いところです。3つを細かく見比べると、ブランドとしての年月やたくさんの選択が詰まっています。

今の第3モデルも、必ず数年後には次の展開を迎えています。もちろん最大の努力はしますが、原材料費の高騰もあり、商品価格を大きく値上げせざるを得ないタイミングもきっとあると思います。第4、5とモデルチェンジを重ねながら、何より作り続けることを第一に考えています。これからも<旅するかばん>をどうぞよろしくお願いいたします。

参考文献
ジャック・ルール『リネンの歴史とその関連産業』香山学監修/尾崎直子訳、白水社、2022年。

2024.11.05

haru nomuraと人 サイドストーリー・旅するかばん【前編・旅するかばんができるまで】

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。2024年11月1日から<旅するかばん>は3回目のモデルチェンジをして再販となりました。今回は番外編として、haru nomuraの看板商品の<旅するかばん>に焦点を当て、発表した2015年から現在までの道のりを辿りたいと思います。

前編は、旅するかばんができるまでのお話しです。


2014年秋、1日だけの展覧会を夷川通寺町の小さなギャラリーで開催しました。当時私は美大生で、手探りの中ブランド活動を始めたばかり。そんな時、haru nomuraを偶然知った、麻の会社のKさんがギャラリーに飛び込みで営業に来てくれました。

「野村さんの染めに絶対リネン(麻)が合うと思う。一度染めてみない?」と。

様々な素材の染色に挑戦してみたい時期でしたし、リネンが好きだったので、話がトントンと進みました。今もKさんには大変お世話になっていますが、その出来事が<旅するかばん>制作のきっかけでした。

翌月にはKさんの案内で、麻の織工場にお邪魔し、生産の現場を勉強させてもらいました。その場で、次の展覧会の新作用に生地を購入し、大学の地下にあったアトリエに持ち帰りました。初めて扱う素材に困惑しながら、試行錯誤して生まれたのが<旅するかばん>です。大学のアトリエは朝8時から夜22時まで使用できました。地下の窓のない部屋で時間感覚が狂ったまま、昼寝用のブランケットや歯ブラシを持ち込んで、夢中で手を動かした記憶があります。自分でサンプル縫いをし、縫製工場さんとのやりとりを経て、かばんのかたちが決まりました。

<旅するかばん>の設計段階で意識したのは、無駄がないこと。というのも、リネンは亜麻という植物が原料で、根、茎、葉、種まですべて有効に使われるところが特徴。廃棄する部分が無いリネン素材と同様に、端切れが出ないように生地幅を生かしたデザインになっているところが<旅するかばん>のポイントです。当時からモデルチェンジした今も、そのポリシーを守っています。染めてみると、Kさんの言う通りリネンと天然染料との相性は抜群でした。特に、柿渋染めの風合いと発色には驚きました。

よくお客様から、<旅するかばん>というネーミングを褒めていただくことが多いのですが、実はデザイナーの仲村健太郎さんがポロッと言った一言がそのまま商品名になりました。展覧会のDM用の写真撮影のプランを練るため、デザイナーの仲村さんと写真家の守屋さんと、打ち合わせを兼ねた餃子パーティーをしている時。餃子を包みながら、守屋さんが「琵琶湖にかばんの撮影旅行に出かけないか」と提案してくれ、仲村さんが光の速さで「じゃあ、<旅するかばん>ですね」と。野村が「それだ!」となり即採用。信頼している仲間たちの鶴の一声で道が開けるのは、今とあまり変わらないですね。

佇まいが良い!ということで画家の神馬さんにモデルをお願いし、電車に揺られながら琵琶湖でかばんの撮影をしました。今や定着した、旅をしながらのブランドイメージ撮影は、この撮影が最初でした。haru nomuraのブランドイメージは、かばんだけでなく、仲間と創作する楽しい時間も一緒に記録しているように思います。数年ぶりに見返しても全く色褪せないですし、思い出のアルバムを開くのに気持ちが似ています。

北白川ちせさんでの発表が、<旅するかばん>の初めてのお披露目でした。その後、継続して<旅するかばん>を作り続けていましたが、今ほど大きく世に出ることはありませんでした。看板商品にまでなったのは、SNSの後押しがありました。かばんのユーザーさんが<旅するかばん>で旅をしている様子の写真を、SNSにアップしてくれるようになったのです。それを見た別の方が、旅行の前や、新生活や記念日など新たな門出のタイミングで購入してくださり、記念写真をアップ。そして次のユーザーさんへとどんどん広がる。知らぬ間に、リレーのバトンのよう広がっていきました。

琵琶湖への日帰り旅から始まった<旅するかばん>ですが、現在は海を超えてユーザーさんがいます。ロサンゼルスやパリ、韓国やシンガポール。私が旅をしたことのない場所に、旅するかばんは旅をしているのだなと思うと、なんとも感慨深いものがあります。

先日、20代のお客様とお話ししている時に「旅するかばんの自由さが、僕たちの心をたまらなく掴むんです」というありがたい言葉をもらいました。彼は、ちょうど私が旅するかばんを作ったのと同じ年の頃だと思います。大人になると自由が消えてしまう気がして、とにかく旅に出たかった時期が、私にもありました。年を重ねると、その気持ちは落ち着くものとばかり思っていたのですが、自由を求める気持ちは増していくばかりです。それに寧ろ、年を重ねてどんどん自由になっている気さえする。結局、<旅するかばん>を選ぶ私たちは、生涯自由を求めながら旅をするのだと思います。

2024.11.01

haru nomuraと人 サイドストーリー・旅するかばん

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。

本日11月1日から<旅するかばん>は3回目のモデルチェンジをして再販となりました。今回は番外編として、haru nomuraの看板商品の<旅するかばん>に焦点を当て、発表した2015年から現在までの道のりを辿りたいと思います。

前編・後編と、月に2回のリリースです。
前編は11/5。後編は11/15に公開予定です。

お楽しみに。
               

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