Archive / 2022.09

2022.09.11

恵文社一乗寺店

かれこれ京都に住んで、15年近くなります。街並みの変化にも気が付くほどに、土地に慣れ親しんできました。

北白川にあったキタバチというゲームセンター。お昼に通ったグランディールというパン屋。カナートは、阪急スクエアになりました。閉店する店、移転する店、変化していく景色の中で変わらない店もあります。

恵文社さんは、一乗寺の街のあの場所にずっとあります。
少しずつ変化しながらも、その場所に在るということは「確かな」こと。
恵文社さんが在るおかげで、街並みは変わっても街の空気は変わらないのだと、一乗寺の街を歩いて思いました。

また来年、再来年も、恵文社さんでPOP UPができるように、haru nomuraとして少しずつ変化しながらも、確かに在りたいなと思うのでした。

haru nomura sacks and bags works exhibition 「Layer」、3週間という長期間誠にありがとうございました。
次回POP U Pは、11月に大阪で開催予定です。

【next POP・UP 】
Arts & Crafts(大阪)
11/24.25.26.27

2022.09.01

haru nomura と人  vol.3渡邉 星子(User)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第3回目のゲストは、haru nomuraの初めてのお客様であり、自慢の友人の渡邉 星子さんです。

福島県田村市、緑豊かな山間にひっそりと「蓮笑庵(れんしょうあん)」はあります。蓮笑庵は画家であった星子さんの父・渡辺俊明氏が築いたアトリエで、桃源郷という言葉そのもののような、美の灯る場所です。星子さんの美しい佇まいや仕草、ものごとへの眼差しは、福島のルーツの中にも見えてきます。

今回は星子さんに、日々の暮らしや蓮笑庵についてのインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や、暮らしについて教えてください。

福島県にある、山あいの小さな村に暮らしています。
少し前までは野村さんと同じ京都に住んでいて(家もご近所)母校の大学で働いたのちに故郷の福島へと帰郷しました。
亡くなった父が画家だったのですが、アトリエにはたくさんの作品が残っていて。その仕事ぶりや当時の様子が今でも色濃く残っています。そこで家族と一緒に、父の作品を扱う絵画工房として、また、作家の軌跡をたどる為の場所としてアトリエ運営を続けています。
普段の活動としては作品の管理や展示、保存の為の作業。それからアトリエや庭の維持管理が主な仕事でしょうか?大抵は泥んこで、庭の手入れに追われています。

Q.蓮笑庵のお気に入りの場所と、お父様の作品で好きな一枚を教えてください。

アトリエの一室、和室前の廊下にあるベンチ。
その端っこに座って、部屋を挟んで見える庭を眺めるのが好きです。山際に建つアトリエは中に入るとしんと暗く、自分のほか人の気配もない中じっとしていると鳥や、虫や、雨風の音だけが大きく聞こえてきます。ぼんやり座って向こう側を眺めているとどこか違う世界にいるようです。

「好きな作品」は改めて聞かれると難しいのですが、最近見つけたものがあって。
人形の素描、薄づきの絵の具でさらさらと描かれた絵の隣に、その人形がやって来た当時のことが詩のように書き留められている一枚。それがなんだか可愛くて、最近のお気に入りになりました。 紙とペンをいつも側に置いて、気がつくとじっと何かを見つめて筆を走らせていた父。そんな日常の中で描かれた作品になる前の絵やメモ書きがたくさんあって。それはそのまま、彼の生き方や思想、描くことへの信念や対象への眼差し、価値観や死生観… あらゆるものが記憶されたメモリーとして残りました。 それを一つ一つ拾いながら、画家としての父を改めて想っています。

Q.京都での思い出について。

故郷の他に一番長く住んだ土地で、野村さんと出会った場所。夜の散歩では同じ道を何度も行ったり来たりした後、お互いの家の真ん中くらいで別れる… というのが私達のいつも。
そんな京都に暮らす中で、自分の人生として何かをつくり続ける人たちにたくさん出会いました。
haru nomuraとして物づくりを続ける野村さんはもちろん、画家や、写真家や、染織家、デザイナー … 誠実さと、情熱と責任をもって自身の作品を生み出す彼らは憧れであり、尊敬する生き方の一つです。
私自身は作品をつくったり発表したりはしていませんが、そんな作家たちと近しい場所で過ごすことができてとてもうれしかった。

Q.haru nomuraのかばんでお気に入りがあれば、教えて下さい。

特別なかばんは茜で染められた斜めがけのショルダーバッグ。野村さんが学生時代につくったもので、自身のブランドとして初めて発表されたかばんです。大学生の時に購入して以来、メンテナンスをお願いしながら気が付けば10年以上。きっと、ずっと同じように使い続けるんだと思います。 それから、お気に入りは藍色の巾着。大きすぎず、小さすぎず、その収納力に甘えてつい考えなしに何でも入れてしまうのですが。手を入れて探るとその時必要なものにちゃんとたどりつく、なんだか四次元ポケットの様な袋です。

Q.さいごに

自分の目と、手と、心の行き届く分だけの物を持ちたいと思っています。
手にとった時、それを使っている自分が無理なく想像できるもの。
自身の身近に置いて心地のよいもの。
ただ持っているだけでうれしいもの。
そんな感覚をものさしにして手にとった物の中で、haru nomuraのかばんはとても自然に、あたりまえに、生活の中に溶け込んでいる様に思います。
握りしめて擦り切れた持ち手や、いつの間にかついたインクのしみ。柔らかく馴染んだ生地と、飴色に変化した木のボタン。ほつれて繕われた四隅はさらに丈夫に。染め重ねる毎に深くなる植物の色 …

父にとっての絵がそうだったように、わたしの大切な日常はharu nomura のかばんに記憶されているのかもしれません。

【Profile】
渡邉 星子 Hoshiko Watanabe
福島県生まれ。京都造形芸術大学 染織テキスタイルコース卒業。倉敷本染手織研究所60期卒業。京都造形芸術大学 美術工芸学科研究室勤務、同大学 染織テキスタイルコース 非常勤講師を経て、(有)蓮笑庵 The atelier of Syunmei Watanabe へ勤務。

・蓮笑庵 The atelier of Syunmei Watanabe
【 Instagram 】@renshoan
【 HP 】 renshoan.jp

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