2023.02.01

haru nomura と人  vol.8守屋友樹(写真家)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第8回目のゲストは、写真家の守屋友樹さんです。2014-2019まで、haru nomuraのかばんの記録やイメージ撮影を担当してくださりました。

まだharu nomuraというブランド名もない時期に、作った後に手元から離れていくかばんを記録しておきたい…とプロのカメラマンを探していました。そんな時、卒業制作の撮影で守屋さんに出会い、縋るように次の撮影を依頼しました。

はじめは、かばんの物撮りやメンテナンスの記録など、スタジオでの撮影を中心にお願いしました。徐々に、屋外で友人たちがかばんを持つ姿を映すようになりました。年に1回ほど、琵琶湖、砥峰高原、若狭など、少し遠出をして仲間たちと旅をしながら記録を残しました。かばんを持って、レンタカーを借りて、その土地のものを食べて、温泉に浸かり…。楽しい記憶しかないですね。その積み重ねが、いつしかブランドイメージとなりました。

守屋さんが写してくれたシャープなイメージ。haru nomuraの曲線的なプロダクトを引き締めてくれるそのバランスが新鮮で、ブランドイメージにより広がりを持たせてくれました。今回は守屋さんに、ご自身の日々の暮らしや制作活動についてインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や暮らしについて教えてください。

京都を拠点に写真や映像などで記録する仕事をしています。同時に美術作家として写真やオブジェなどを用いたインスタレーション作品を発表しています。

仕事は、美術、建築、舞台、プロダクトなどのジャンルを横断した仕事をしています。京都や関西だけでなく、関東などの拠点から離れた場所でも依頼を受けています。さまざまな場所に行って思うのは、京都はコンパクトな都市でありながら近くに自然があるという良さを実感しています。山や川などが自転車で行ける距離にあったり、自宅の最寄りには壬生寺というお寺があったりします。そのお寺は新撰組や壬生狂言などが有名で、タイミングが合えば狂言を見に行くようにしています。自然と文化が身近にあると、仕事や制作の範囲を越えた視点を与えてくれたり、気持ちにゆとりを与えてくれます。

本を読むのが好きなので、撮影などが延期した日などは1日読書して過ごしています。コロナ前は歴史や文化表象に関わるものが多く、コロナ禍になってからは神馬さんが薦めてくれた村上春樹と川上未映子の対談本をきっかけに小説を多く読むようになりました。10代の頃、「海辺のカフカ」を読んで村上春樹の小説が苦手なままだったのですが、改めて読み返すと受け取り方は全く違うものでした。年齢を重ねたことで読むことができたのか、たまたま関心のある話だったのか。理由はいくつかあると思います。ただ嫌悪から好感に変わるといった価値の転換を体験した貴重な読書だったと思っています。小説に限らず、絵画や彫刻、映画などの芸術全般でも同じように何度でも出会い直せる機会があることや、今は苦手な作品だけど、いつか別の機会に好きになれる日が来るかもしれない。そのことを小説から教わったと思っています。僕にとってこの体験は、最近で一番嬉しいことでした。

Q.制作テーマについて教えてください。

僕は「不在、喪失」をテーマに制作をしています。1995年に阪神淡路大震災を経験し、その時に撮っていた自宅の写真がテーマの基となるものでした。どのような写真かというと、部屋のあらゆる物が崩れ荒れてしまった様子が写っているものでした。僕は、荒れた様子を見て地震そのものが写っていないことに気がついたり、当時のことを思い出していたりしていました。目で見ていると同時に記憶を見ている。その体験が、ない(過ぎ去ってしまったものや無くなってしまったものなどの)ものに対する関心を強くしたきっかけだと思います。

被災してから25年以上経ちました。大学で学生と話をしていると東日本大震災以前の震災を知っている子がほとんどいない。学生たちが生まれてくる以前に起きたことなので知らなくて当然かもしれません。そのことを知ると同時に自分が当事者であり、語り部であることを強く意識するようになりました。ビルの大家は戦時を体験した方で、会うと戦争の話をしてくれました。90歳のご高齢で、僕に語りかけてくれる声はいつか沈黙してしまうことを予感しています。情報が常に更新される社会になって、新しいことが増え続けていく。今ばかりに囚われてしまって、過去のことは忘れられてしまうかもしれない。記録や記憶を引き継ぐことの困難さを感じずにはいられません。ないものとどう関われるかを考えていると、不在や喪失という言葉に興味を持つようになりました。

アラン・レネ監督の映画「ヒロシマ・モナムール」が好きでたまに見返しています。乱暴にあらすじをまとめると、ヒロシマが負った過去の痛みと過去に恋人を失った痛ましい記憶、痛みを通して戦争の悲劇と個人の悲劇が重なっていく物語で す。この映画から歴史的な理解を共有すると同時に、目には見えない痛みが共有されていることに深く感動しました。
失ったものを共有したり、形に置き換えることに悩んでいた時に出会えた映画でした。僕にとってとても思い入れのある映画です。痛みを通して歴史を知り、個人的な過去を思い出す。いつか僕もそういう作品が作れるといいな。

Q.haru nomura2014-2019の5年間の撮影を振り返って。

野村さんとはじめて出会ったのは、彼女の卒業制作の作品撮影の時でした。当時、僕は大学で働きながらフリーランスの仕事をしていた頃だったと思います。撮影中、パートナーから僕の話を聞いていると唐突に話かけてくれました。とても驚いていたことを覚えています。それから、時々かばんの記録をお願いされるようになりました。はじめは、かばんの記録を中心に物撮りとしてスタジオで撮影したり、展覧会の記録なども撮ったりしていました。ブランドのイメージに関わるようになったのが、2015年に発行された「haru nomura issue #1」を作る時だったと思います。

haru nomuraのかばんは、持つ人によって色の褪せ方や痛み方が全く違う。それは、かばんと過ごす時間や積み重ねていく記憶そのものだと言えます。誰かと過ごす時間や、1人で過ごす時間、いろいろな時間をかばんと共に過ごしている様子として写真に残せるといいなと思いながら関わっていました。

「haru nomura issue #1」では後輩の成瀬さんにモデルをお願いし、野村さんのご自宅にお邪魔して撮影しました。リビングや共用廊下、屋外に出てたりして撮りました。撮影から戻る途中、成瀬さんと野村さんの後ろ姿が冬の光に当てられた景色が穏やかで美しかった。その時に撮った写真は、少しピントが外れていますが個人的に気に入ってます。この写真をもとに吉田くんがイラストを描いてくれたのがとても嬉しかったです。

京都市内だけではなく、琵琶湖、砥峰高原、若狭など市内から少し遠い場所まで遊びに行くように撮影をしました。haru nomuraの記憶を積み重ねつつ、友人(かばんを持つ姿)を見つめるように記録した5年間だったと思います。

Q.印象に残っている1枚があれば教えてください。

砥峰高原での写真がとても印象に残っています。蒲原さん、佐貫さん、吉田くんをモデルに道中撮影したり美味しい昼食を食べたりしながら向かいました。高原はとても寒かったけど、日の光によって淡くなったり濃くなったり変化に富むススキ、深い緑の木、透き通った小さな池があったり、寒さを忘れるくらい自然の豊かさに包まれたことを覚えています。帰り際に雪が降り始めて、さまざまな色が淡く濃くまだらに変化していく光景が忘れられません。

Q.さいごに

一昨年、去年の春に長野県内にある美術館で撮影の仕事をしていました。仕事の合間だったり、休み時間を利用して志賀山まで登山をしに行ったり、千曲川を散策したりしていました。どこも野村さんの地元から少し離れた場所でしたが、「こういう風景を見て過ごしていたのかな」と想像しつつ山や川、街並みを見ていました。僕にとって縁遠い風景が、身近に感じられるだけで心細さが少しだけ和らぎました。誰かを思い出せる場所があることは、とても大切で幸せなことだと思った。

【Profile】
守屋友樹 Yuki Moriya
美術家/写真家。
1987年北海道生まれ。かつてあった景色や物、出来事などを想像する手立てとして「不在、喪失」をテーマに制作している。

・Instagram
@moritotani

・HP
https://yk-mry.com/

2023.01.10

haru nomura と人  vol.7神馬啓佑(画家)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第7回目のゲストは、画家の神馬啓佑さんです。

haru nomuraで、2度のモデルを引き受けてくれた神馬さん。

1度目の撮影は、夏の琵琶湖。日帰り電車で滋賀へ。自由気ままに、旅するかばんで旅をしました。ブランドの世界観を作り出す面白さを知ったのは、あの夏の日からかもしれません。2度目の撮影は、秋の宝ヶ池。ユーザーの存在を意識して、ブランドの細部を考え始めたのはこの時期でした。スタイリングやヘアメイク、かばんとの生活をイメージさせるビジュアルを目指しました。

思い返せば、ブランドが変化する節目に神馬さんにモデルをお願いしています。神馬さんの存在が、安心して私たちをクリエイティブにさせてくれます。

そんな神馬さんの本業は、画家です。
モデルとしての佇まいはもちろん、作品や文章もしみじみ良い。
それは、昨日今日でつくられるインスタントな良さではなくて。
画家として生きる毎日を積み重ねて生まれる、奥行きのある良さ。
皆さんに、ぜひ知ってほしい人物です。

今回は神馬さんに、ご自身の日々の暮らしや制作活動についてインタビューをしました。

Q.普段のご自身の制作活動や暮らしについて教えてください。

 2021年に約10年ほど、住んでいた共同アトリエを解散して、丹波橋という京都市伏見区の方に住居兼アトリエを構えました。1階は、いろんな作業が出来るようにコンクリートの土間になっていて、2階が住居です。前はだいたい5人くらいでシェアしていたもので賑やかな日々を暮らしていたのですが、今は一人で静かです。

 普段は、書店で働きながら、ちょくちょく絵を描いています。書店は、朝から夕方まで。駅が近いので電車で通勤してます。だいたい15分ぐらいの電車の中で、文庫本を読んだりしているのですが、時間が短くて全然読み終われません。電車通勤というのがはじめてなので、時間をうまくつかえるといいのだけどなかなかうまくはいきません。でもちょっとした習慣ができて気分はいいです。
 働いている本屋は、芸術書も多くて比較的興味のある本が並んでいるから、いつもチェックしていて飽きることがありません。でも、いつも考え込んでしまって、仕事になっていない。それはいいことではありませんよね。怒られてばっかりです。

 でもまぁ、そんな感じで考え込んでると自然と手が動いてしまって、書類などの紙類にちょこっと絵を描いてしまうことがあります。これを後で見るとまぁまぁ悪くない。絵になる前の絵とでもいうのでしょうか。(この絵は嶋田くんが詳しい。)ある意味で絵を描くことが生活に浸透している、もしくはしすぎているのかもしれません。
 最近、それがずいぶん認知されてきたのか、いや、前々からずっとバレていたのだろうけど、同僚の子が僕のメモ書きをグラフィックにして、スウェットを作り始めました。ありがたいという気持ちとサボりぐせが公になる感覚が混じって複雑な心境です。

 絵を描くことをずっと続けているうちに、「自分は画家だ」と強く言える日がいつか来るのではないかと思っていたのだけれど、最近は、ため息をつくように画家だと言うことが、滲み出ていて自分でもどうかと思います。

Q.どんな作品を作っていますか?

だいたい絵を描く仕事をしています。最近、haru nomura の1回目の撮影で撮ってくれた守屋くんに誘ってもらって、文章を寄稿しました。文章の仕事は、とても新鮮で面白かったです。

Q.制作のテーマについて教えてください。

 僕は、絵を描くことがもうずいぶんも昔から行われていて、それが今の今まで続いていることにいつも感動を覚えます。そして、何より自分自身が毎日のように考え、悩みつづけていることが、その証明になってしまっていることに気づいたとき、自分が絵を描くこともとても大事なことなんだと気づくことができました。だから、もうしばらく絵を描かせてほしいと願っています。テーマという感じとは違うかもしれませんが、これまでのこと(歴史)といまの自分が重なりあった部分がとても重要な状態だと考えています。
 例えば、パンは手でちぎるものだと今もマナーなどで決まっているらしいのですが、それは、イエスが最後の晩餐で、手でちぎってパンを使徒に分け与えたことことが由来になっていて、今現在もキリスト教徒への配慮の意味合いで世界中がそうしています。そういう慣習は、イエスが描かれた絵画が今も見ることができることに関係しているはずですよね。
 僕は、絵が今も昔と同じように見ることができて、考えられていることについて、考えたいし、僕の視点でその絵を描きたいと思うんです。

Q. haru nomuraのイメージ撮影に2度ほどご協力いただいていますが、何か印象に残っていることはありますか?

 1度目は、琵琶湖に行って、2度目は宝ヶ池に行きました。1回目は、撮影は守屋くんで前々から知っていたので、リラックスしていたと思います。夏の琵琶湖って賑やかなんだと知りました。車に積んだ大きなスピーカーから爆音で流れる音楽と上半身裸の大学生たち。見慣れた景色といえばそうなのかもしれませんが、正直面食らいました。でも、喧騒から逃れるように湖沿いを歩いたことは、郷愁に浸るような気分になって逆によかったです。あと、湖畔でお昼にカレーかなんかを食べて、気分よかった記憶があります。

2度目の宝ヶ池は、一人じゃなくて星子さんと一緒で、結構大所帯で、服も借りてずいぶん「撮影」という印象でした。なので少し緊張した気がします。撮影が終わって、カメラマンの堀井さんがトイレの鏡で日の光が屈折して虹色になっているのを見つけて、鏡の前でポートレイトを撮影してくれました。フィルムカメラで撮った写真を後でいただきましたが、奇跡の一枚ってTVとかで見たり聞いたことあると思いますが、その写真はそれです。

Q.さいごに

 前に、ブリティッシュカーキの話を野村さんとしたことがあります。イギリス軍のトレンチコートや軍服は、「ミロバラン」というクルミのように硬い殻から実をとってカーキに染めていたそうです。「堅い殻で実(身)を守る」ということで、この実で染めれば死なないと言われていたようです。
僕はこの話が好きで、天然染料で染めたものには、そういう精霊に身を守ってもらっているという逸話が世界中にあるんだそうです。野村さんの鞄にもそういう「霊性」があるように感じてしまうのは僕だけではないはずです。

また素敵な鞄を楽しみにしています。

【Profile】
神馬啓佑 Jinba Keisuke
1985年愛知県生まれ。2011年京都造形芸術大学大学院芸術研究科芸術表現専攻修了。京都在住。主に絵画表現をベースに活動。絵画を通して「形にすること」が、私たち自身の新たな気づきを誘発し、それとともに「新たな内面」の可能性を模索する糸口になればと考えている。

【Instagram】
@jinbakeisuke

2023.01.03

Happy New Year

謹んで新春のお慶びを申し上げます。
本年もharu nomuraは京都を拠点に、オンラインショップとPOP UPを軸に活動します。
現在、確定している2023年のPOP UPの予定です。

【haru nomura 2023 POPUP】
3/29(水)~4/4(火)
・ジェイアール京都伊勢丹(京都)

4/8(土)~4/23(日)
・北白川ちせ(京都)

5/1(月)~5/31(水)
・京都岡崎蔦屋書店(京都)

6/10(土)〜6/11(日)
・月ノ座(京都)

8/8(火)〜8/13(日)
・準備中(東京)

9/16(土)~9/29(金)
・恵文社(京都)

下記以外の他県での開催も、現在調整中です。
また確定次第、お知らせさせてください。

また、新年は明日1/4より制作に入ります。
ご用命がありましたら、お気軽にご連絡ください。

オンラインストアでご注文いただいた皆様、1/7より順次発送いたします。
今しばらくお待ちくださいませ。

本年も、どうぞよろしくお願いします。

2023.1.3 野村春花

写真は私物のflattote(墨)で、使用期間一年程度。(sampleなのでステッチが強め)
岩肌のような不思議な質感、気軽なサイズ感で散歩に重宝しています。

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