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2023.07.07

haru nomuraと人 vol.13井上亜美(アーティスト) 

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第13回目のゲストは、アーティストの井上亜美さんです。

井上亜美さんは、日本を代表するアーティストです。
自然や生命をまっすぐに見つめた表現は圧巻で、シドニービエンナーレへの出品など、国内外で評価されています。
私たちに流れる血の温かさを再認識させてくれるような、真摯な作品群です。

現在は京都を拠点とし、狩猟や養蜂などを実践しながら制作活動をされています。

小さな花が揺れるような、笑顔の可愛らしい方。
あみちゃんに会うたびに、嬉しくなります。

今回は井上さんに、ご自身の制作活動についてや、自然と共に歩む暮らしについてお聞きしました。

Q.普段の活動や暮らしについて教えてください。

京都の左京区にある自宅兼アトリエを拠点にしています。スーパーやコンビニから徒歩圏内ですが、家の裏からすぐ山にアクセスできる場所で、周りにシカやイノシシ用のわなを掛けています。
山が近いので、蜜源になる柴栗や烏山椒(カラスザンショウ)などの植物が多く自生していて、家族でミツバチのお世話もしています。最近蜂蜜の販売をはじめました。自宅には猟犬6匹と鶏やメダカもいて、賑やかです。

Q.制作のテーマについて。

例えば、セミの抜け殻を見つけて触れたとき、言葉より先にぞっとするような感覚が生まれます。そのような感覚をインスピレーションとして、対象や素材に向き合いながら作品が出来ていくことが多いです。蝶を捕まえて標本にしたら、鱗粉が手に付いて翅から光沢が消えてしまった。自分が美しいと思ったのは、蝶と鱗粉、どっちだったんだろう?とか、猟を終えて一人暮らしのアパートに帰ると、山の中では気にならなかった獣のにおいや肉の重さを強く感じる。それはなぜだろう?とか、自然と都市生活を行き来する中での体験が元になることが多いです。
アウトプットの方法は決めているわけではなく、その度ごとにインスタレーション、写真や映像、立体など、いろいろな方法を探っています。どちらかというと、カメラなどの機械を通して表現する方が、最終的にどうなるのか分からない、自然に委ねられる部分があってしっくりきています。
出身が宮城県の丸森町という所なのですが、3.11以降、原発事故の影響でイノシシが食べられなくなり、祖父がずっと続けていた狩猟をやめてしまったことで、ニュースには出てこない、実際に起こっていることを自分の体で確認したい思いが強くなったように感じます。
最近は、今まで何とも無かったのに、犬たちに鹿肉をあげるとお腹をこわすことが多くなってきました。レヴィ=ストロースが予言していたような、野生の肉も食べられなくなる世界が来るのかなと考えています。

Q. haru nomuraとの出会い。

愛用しているharu nomuraのかばんは、トートバッグです。カメラから、お弁当箱、虫捕り網まで(笑)何でもいれちゃいます。野外活動が多いので、時には水が掛かってしまったり、植物の棘に引っ掛けたりすることもありますが、とても丈夫でタフです。特に、太い持ち手が気に入っています。
このかばんを持ち歩いている時、同じかばんを持っている知り合いに、今まで2人会いました。知り合いが、買った時のタグの紐を「捨てられないんだよね」と、そのまま残しているのを見て、私も残したままにしています。

春花さんとの出会いは、学生時代。食藝プログラムという精進料理の授業を受けていた時の先輩です。あの頃の自分は、授業の課題に追われ、食べものを流し込むように食べては平気で徹夜するような生活をしていて、健やかではなかったと思います。大学では保育士資格が取れるコースに居たのですが、元々人前で話すのが得意でなく、授業で質問するという事も、日常生活に疑問を持つ事もなかなかできなかった。そういう部分が少しずつ変わっていったのが、精進料理を学んでからかなと思います。
授業の内容は、基本の胡麻擦りから始まり、出汁の取り方、油やお野菜の選び方など。それまで知らなかった「ほんもの」に触れたことで、口に入れるものがどこから来ているのか、疑問を持つようになりました。先生が「健康な身体でなければいいものはつくれない」「自然から離れないように」ということをよく言っていて、その考えには今でも影響を受けています。料理を通して目の前の素材に夢中になっている時間が楽しく、日常生活の良いリフレッシュになっていました。
春花さんはいつも星子さんと一緒にいらっしゃって、私は二人のコンビがとても好きでした。料理中なのでそれほど長話はしませんでしたが、春花さんはいつも楽しそうで、会うだけで回復させてもらえるような不思議なパワーがありました。授業の時は、胡麻を炒った香ばしい香りとか、コトコト煮込む音、リズミカルな包丁の音、御飯が炊き上がる前のいいにおいのする蒸気で満たされていて、思い出すと幸福になれるような空間でした。卒業後も、春花さんとは一緒にジビエ料理を囲んだりする機会がありました。
そんな理由で、春花さんのことを思い出す時は、なんとなく美味しい、楽しい思い出に包まれます。

Q.国内外での展示で見えてきたこと。

2018年にシドニービエンナーレに出品する機会をもらって、初めて海外に行きました。その時は2本の映像作品を出したのですが、セリフの多い映像作品よりも、ほとんどセリフがなく、淡々と鹿肉を料理する映像作品のほうが受け入れられた印象がありました。作品のもつ、言葉の意味に捉われない、映っている像の強さみたいなものは、海外の展示を経て気づくことができました。逆に、国内の展示だからこそだなと感じた出来事は、鑑賞してくれた人が自然にまつわる原体験をひそかに話してくれたことです。2019年に韓国で展示をした時もそうでしたが、私の作品はインスタレーションで毛皮や標本など色々な物を並べるので、検疫でアウトになるものが結構多いことも、海外の展示を経て学んだことです。
インドネシアで「宗教の関係でイノシシを食べられないけど駆除してほしい」という難しい依頼にカメラマンとして同行したときは、ちょうどラマダン(断食)の時期だったこともあり、貴重な体験ができました。ほとんど1日何も食べずに、夕方の解禁時間をスマホでチェックしながら今か今かと待って、お洒落をして食事会に行く。ラマダン明けに飲んだ甘いお茶と色とりどりのフルーツは、人生で一番おいしいものだったかもしれません。

Q.さいごに

初めてharu nomuraのかばんを見た時は、やわらかさと原始的な力強さを兼ねている、他で見たことのないものだと思いました。どんな植物で染められているか、日付や温度も記録されていて、「このかばんがどこから来たか」に思いを馳せられます。料理をしていた時のように、目の前の素材と丁寧に向き合っている春花さんの姿が目に浮かびます。使い続けることで自分だけのかばんになり、経年の染みや汚れも勲章のように思えてくるのがふしぎです。
それ、めっちゃかっこいいかばんですね。って言ってもらえるように、私も日々精進していきたいと思います。

【Profile】
井上亜美 Ami Inoue

1991年宮城県生まれ。2014年京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)こども芸術学科卒業。2016年東京藝術大学大学院映像研究科修了。2016年より2019年までHAPSスタジオに滞在。京都の山里のアトリエを拠点とし、狩猟や養蜂などを実践しながら制作を行う。生き物が生きる場所に入り込み、その姿や人間との関係性や距離感を捉え、写真や映像、インスタレーションなどの手法で表現する。近年の主な展覧会に個展「The Garden」(2023年、京都芸術センター)、個展「The piercing eyes」(2019年、Amado Art Space、韓国)、「第21回シドニービエンナーレ」(2018年、オーストラリア)。

【HP】
amiinoue.com            

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