Category / haru nomruaと人

2022.12.01

haru nomura と人 vol.6 勢野五月葉さん・野田耕平さん(User)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第6回目のゲストは、日本画家の勢野五月葉さん・画家の野田耕平さんの作家夫婦です。並んで歩いている後ろ姿を眺めているだけで幸せな気持ちになる…そんな素敵なご夫婦で、お二人のたおやかな空気感や暮らし方が一つの作品のよう。

ちょうど一年前、妊娠・出産のタイミングでフレコンバッグをお求めいただきました。人生の節目にかばんを選んで下さったことが印象的で、新しい家族が増えたその後の暮らしや、かばんの様子が気になっていました。

今回はお二人に、制作活動について、家族での暮らしについてのインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や、京都での暮らしや家族について教えてください。

勢野:大学で日本画を専攻していました。その時学んだ「写生」という過程を大切に、絵画作品を制作しています。具体的に説明すると、植物や石などをモチーフに岩絵の具を用いて描いています。日常とか、なんの変哲もないような風景の中から、どこかきらりと光る瞬間に巡りあえたらと思い描いています。また出産した直後に児童書の挿絵のお仕事をしました。娘がハイハイする前だったので、隣で面倒を見ながら描いていました。大変でしたがよい思い出です。

野田:絵を描いています。数年に一度の個展と、毎夏軽井沢で陶芸家の姉との二人展で作品を発表しています。毎日の生活の中、キャンパスに向かえる時間は制作しています。季節や聴いている音楽、出会った人、読んだ本など、自分がいいなと感じたものを自分なりの表現でキャンパスに表せたらなと思っています。実家が大原で、今は西陣に住んでいます。月に数回、手伝いがてら大原に帰って、合間に森や裏山の谷沿いを散策しています。ちょっとでも山の空気を感じたいなぁと、西陣の家の坪庭に、山で拾った石を置いたり、植物を植えたりして遊んでいます。

Q. haru nomuraのかばんとの出会い。

勢野:野村さんが先生をしていた大学の職員をしていたことがあり、それがきっかけです。一緒に働いていた渡邉星子さんがharu nomuraの鞄をいつも使っていて「丈夫そうで、使いやすそうで、物がいっぱいはいりそう」と思っていました。

野田:妻がママバックに使いたい、欲しい鞄があるよ、とフレコンバックを教えてくれました。ちょうど恵文社で展示されてる時に見に行き丁寧に説明していただいて、僕も良いなと思いました。

Q. haru nomuraのかばんにまつわるエピソードがあれば、教えて下さい。

勢野:赤ちゃんと自分の荷物を入れるのにフレコンバッグを使っています。オムツや哺乳瓶、母子手帳などポケットを活用して使っています。沢山入るので、出先で買い物した時も野菜とかいろいろ入るので助かっています。まだ使いだして1年程度なので、どんな風に鞄が変化していくかも楽しみに使っています。

野田:家族で出かけるとき、妻が赤ちゃんを抱っこしてくれてるときは僕が鞄を持ちます。妻がたくさんのポケットを上手く使いこなしてくれているので、パスされた僕もとても使いやすいです。3年前に亡くなった染織作家の叔母の遺品整理を野村さんに手伝っていただきました。その時アトリエから出てきたエプロンをフレコンバックと一緒に染めて、サプライズでいただきました。何てことのない無地のエプロンだったのですが、染めていただいたことでとても力強く、雰囲気のある一点物になりました。

Q.来年はどんな一年にしたいですか。

勢野:ちいさな娘と一緒にいろんな経験が増えることが楽しみです。あと本を読んだり、ゆっくりものを考える時間を確保するのが目標です。

野田:来年というかずっとですが、作品と共に自分も成長していきたいです。あと自動車の運転免許を取りたいとか、家で揚げ物に挑戦してみたいなぁとか、そんな感じです。

Q.さいごに(自由記入)

勢野:赤ちゃんを授かって、授かった後の生活、特におでかけについて考えたとき、野村さんの作った鞄を持ちたいなあと思いつきました。
私の使ってるフレコンバック(L)は今まで使ってきた日常使いの鞄と比べるとかなり大きくはあるのですが、日々のいろんな「もしも」に対応できる心強い鞄です。大きな鞄から「もしも」の為に準備していたいろんな物を取り出す自分の姿を考えると、なかなか心強いです。
娘が自分の荷物を自分で持つようになる頃、軽く柔らかく育った鞄に写生道具や本を持って出かけるのも楽しみのひとつにとっています。

野田:フレコンバックは家族の日常にすっと入ってきてくれました。これからも相棒として、一緒に過ごしていくんだろうなぁと思っています。

【Profile】
勢野 五月葉 SENO Itsuha
京都市立芸術大学大学院日本画修了
主な展示、第一回 続(しょく) 「京都 日本画新展」優秀賞(2014年/美術館「えき」KYOTO)、「ARTIST WORKSHOP@KCUA by Ellen Altfest/The Hundred Steps」(2015年/ 京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA)、「石をのせた船」(2019年/ 堀川御池ギャラリー)
児童書「ざぶんざぶ~ん」(幻冬舎メディアコンサルティング)の挿し絵を担当

野田 耕平 NODA Kohei
京都市左京区大原生まれ
京都京都教育大学美術科教育書道科卒業
在学中から絵を描き始める
過去の個展、2009年「静かな波動」、2011年「織りなす想い」、2014年「旋律がなる」、2021年「たどりの余韻」(全てルーサイトギャラリー/ 東京 )
2012年から毎夏「野田直子・耕平 姉弟展」(ルーサイトギャラリー 追分店/ 長野 )

2022.11.01

haru nomura と人  vol.5小林加代子(ウェブデザイナー)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第5回目のゲストは、ウェブデザイナーの小林加代子さんです。
 
実店舗のないharu nomuraにとって、ウェブサイトはお客様と繋がる重要なツールです。ウェブデザイナーの小林加代子さんとの出会いが、haru nomuraの活動を外へと広げてくれました。クリックやスクロールする度に、発見がある活きたウェブサイト。朗らかな加代子さんの人柄に安心して身を委ねながら、広く世界に開かれたその地を一緒に耕してきました。過去や現在の活動を伝える役割としてはもちろん、次にどんな種を蒔くのかな?と、見る人にブランドの未来を予感させる地でもあります。
 
今回は小林さんに、ウェブデザインという仕事や京都での暮らし、haru nomuraのウェブサイトの見所についてインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や、京都での暮らしについて教えてください。

2019年よりStudio Kentaro Nakamuraに所属し、vol.4でご紹介いただいたパートナーの仲村と一緒に働き始めました。スタジオ内では主にウェブサイト制作全般を担当していますが、メンバーそれぞれの専門性によるおおまかな棲み分けはありつつも、領域の垣根なく全員でアイデアを出し合ったり、ディスカッションしながらプロジェクトに取り組んでいます。

もともとは大阪で広告系のウェブ制作会社に勤めていましたが、スタジオへの所属をきっかけに京都に引っ越してきました。京都は文化芸術が近く、アーティストの多い街だと思います。そんな土壌も手伝って、最近は仕事の方向性が大きく変わってきたように感じています。また、野村さんをはじめ、ものづくりを生業とする方が周りに増えました。みなさんから刺激を受けながら、毎日を楽しく過ごしています。

Q.ウェブデザインに関わるきっかけ。

小学生の頃から、遊びの延長で自分のウェブサイトを作っていました。BBSなどで交流が生まれ、全く違う地域に住む友達ができたりしていましたね。今では当たり前になりましたが、当時はインターネットを通して遠くの人とコミュニケーションを取れることが、ただただ楽しかったです。

その後、興味の対象が「本」に移り、大学ではエディトリアルデザインを学び……と紆余曲折ありましたが、いろいろな巡り合わせがあって、就職をきっかけにWebデザイナーになりました。就職した会社は分業制ではなかったので、デザインだけでなくコーディングや公開後の運用など、Webサイト制作の幅広い経験を積むことができました。今では、前職での経験を活かしつつ、自分と仲村のベースであるエディトリアルデザイン的な考え方とミックスさせながら制作を続けています。

Q.haru nomuraのHPの見所は?

haru nomuraのかばんの魅力は、染めによる色の揺らぎと、かばんの形の実験性が同居しているところだと思います。その魅力をウェブサイト上でどのように伝えるか、野村さんや仲村と話し合いを重ねながら考えていきました。特に「Bags & Products」では、イラストから作品写真、テキストへの流れを味わっていただけたら嬉しいです。

もうひとつは、野村さんの染めの実験場である「Iro-Nikki」。野村さんのまなざしによって日常の中に発見された色たちが、動画と言葉で綴られています。ちなみに、色日記のコーナーには、春夏秋冬の季節ごとに背景色が変わるという隠し要素もあったりします。僅かな差ですが、ぜひ何度もページに訪れてみてください。

Q.haru nomuraのかばんでお気に入りがあれば、教えて下さい。

フレコンバッグです。野村さんにはじめて試作を見せてもらった時、工事現場などで使われる袋と草木染めかばんの組み合わせに、びっくりしたのを覚えています。

実用面でも、重い荷物が軽く感じられたり、内側のポケットで小さい荷物を整理できたり。ベルトに長物や上着を差し込んで運んだりすることもあります。夫婦でシェアして使っていますが、オンオフ問わず荷物が多い私達にとって、頼れる存在のかばんです。


 
Q.さいごに

Lサイズのフレコンバッグを愛用していましたが、先日、Sサイズも追加オーダーしました。最初は墨色が欲しいと思っていたのですが、恵文社さん別注カラーの灰緑に。濃い色は、いつか染め直しのメンテナンスをお願いする時の楽しみにとっておこうと思っています。自分と一緒にかばんを育てていくような感覚で、haru nomuraのかばんを持ち始めてから、歳を重ねるのが楽しみになりました。

haru nomuraにはメンテナンスの取り組みがありますが、自分の領域であるウェブサイト制作にもメンテナンスの考え方があります。公開して終わりではなく、状況に応じて手を加えていくことで、その時々にあった形にしたり、少し先の未来を想像したりする。haru nomuraのウェブサイトも、ブランドの成長と並走しながら、その変化を伝える場にしていけたらと思います。


 
【Profile】
小林 加代子 Kayoko Kobayashi
1990年兵庫県生まれ。京都府在住。神戸芸術工科大学ビジュアルデザイン学科卒業。ウェブ制作会社勤務を経て、2019年よりStudio Kentaro Nakamuraに所属。主にウェブサイト制作を担当。

【Instagram】
@kbyskyk

2022.10.01

haru nomura と人  vol.4仲村健太郎(グラフィックデザイナー)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第4回目のゲストは、グラフィックデザイナーの仲村健太郎さんです。

haru nomuraにとって一番の幸運は、仲村さんに出会えたことです。DMに始まり、冊子にポスター、ブランドタグ、ウェブサイト、ブランドイメージに至るまで、ブランドに関わる多くのモノを仲村さんと一緒に作ってきました。仲村さんのデザインは、すいかに塩をひとつまみかけるように、絶妙なバランスでブランドの魅力を引き出してくれます。蛇行しながら進んでいく道のりを、迷わぬように(時々思わぬ方向に)並走してくれている存在です。

今回は仲村さんに、ご自身の活動やデザインのヒント、そしてharu nomuraとのこれまでの歩みについてインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や、Studio Kentaro Nakamuraについて教えてください。

京都を拠点にデザインのスタジオを運営しています。スタジオでは京阪神の文化芸術や教育を中心にしたプロジェクトに取り組んでいます。活動の領域は、グラフィックデザイン・ブックデザイン・ウェブデザインなどですね。大学を卒業してすぐにフリーランスになって、ずっと自宅兼スタジオだったんですが、去年の夏に二条の駅前にスタジオを設けました。また、今年の春には新しく2人のスタッフが入ってくれて、今は全員で4人のとても小規模なデザインスタジオを運営しています。

Q.haru nomuraとの出会いについて。

2014年、野村さんと私の共通の友達だった日本画家/イラストレーターの鬼頭祈さんが紹介してくれたのがきっかけです。野村さんは修士の大学院生、私は学部を出てそのままフリーランスのデザイナーだったので、同級生で制作をしている友達のデザインに関わることができ、とても嬉しかったのを覚えています。たしか、最初は恵文社での展示のDMのデザインでしたね!

Q.仲村さんの、デザインのヒントはどこにありますか。

イームズが残した言葉に、「妥協を強いられたことはありませんが、制約はいつも喜んで受け入れてきました」という言葉があります。私の好きな言葉であり、大きな行動指針の一つです。
でも、妥協と制約の違いは何?って、よく考えてみると答えるのが難しい質問ですよね。「制約」を辞書で引くと、「1—制限や条件をつけて,自由に活動させないこと」「2—物事の成立に必要な条件や規定」と出てきます。1つめの意味に沿っていけば、不自由そうで、なんだか妥協してしまいそうです。でも、2つめの意味にあるような「物事の成立に必要な条件や規定」を見つけるのは、なんだか楽しそうです。だって、あるプロジェクトに必要な条件や規定が、初めて出会うものであればあるほど、そこで成立する物事も新しいものにできそうじゃないですか? だから、すべてのプロジェクトの始まりにはそのプロジェクトの「成立に必要な条件や規定」を、できるだけ早く、そしてできるだけたくさん見つけることを心がけています。それがデザインに取り組むうえでの大きなヒントになります。取り組むのはすべて違うプロジェクトなので、ヒントにするものが隠れている場所もそれぞれ違う、ということです。

Q.haru nomuraの10年を振り返って。そしてこれから。

haru nomuraの10年のほとんどの期間を、まるっと隣で並走していることに、この文章を書いていて改めて気づき、驚きました。わたしも10年前に自分ひとりではじめたスタジオに、少しずつ協働する人が増えていきました。haru nomuraとのデザインも、最初はDMのデザインからはじまり、冊子をつくったり、写真撮影の際のスタイリング、そして今みなさんが読んでくださっているこのウェブサイトのデザイン…と、自分たちのチームのスキルアップと同じ歩みで、haru nomuraのブランドやその魅力をいろいろな方法でお客様に届けるお手伝いができています。10年前に、10年後こんなにいろいろな関わりができているだなんて想像もしていなかったです。

Q.さいごに

10年間を振り返ってみると、「5年後、10年後はこうしよう」というふうに計画があって、取り組んできたわけではなかったですね。haru nomuraも野村さんという1人の作家から生まれたアイデアや手仕事から生まれたものが積み重なっています。つまり、1人の人が、そのとき本当に面白いと思ったアイデアがプロダクトになっているので、直線的ではなくナイル川のように蛇行して(©安住紳一郎の日曜天国)、ブランドが形作られています。個人的には、その時々で新しく使われる色やかばんの形によって、その蛇行の「予感」を感じさせてくれるところが、haru nomuraの好きなところです。グラフィックデザインでは、モノの魅力を伝えるだけではなく、ブランドの姿勢も伝えるとき、そうした蛇行の細かな機微を、整理整頓しながら伝えたいです。ただそのためには、ブランドの「今」だけにフォーカスせず、少しだけ先の方向性を予感とともにグラフィックデザインで伝えることが大事なのだと思っています。
モノへの魅力は、かばんそのものを使う時間や体験からも生まれることがほとんどだと思いますが、一方で写真やテキストといった物語性のある情報がモノへの親しみを生んでくれることもしばしばあります。これからも、蛇行を楽しみながら、よりかばんへの愛着が膨らむような物語づくりを協働していけたら、こんなに嬉しいことはありません。

【Profile】
1990年福井県生まれ。2013年に京都造形芸術大学情報デザイン学科を卒業後、京都にてフリーランス。大学ではタイポグラフィを専攻。京阪神の芸術・文化施設の広報物や書籍のデザインを中心に取り組む。タイポグラフィや本のつくりを通して内容を隠喩し、読む人と見る人に内容の新しい解釈が生み出されることを目指している。

【Instagram】
@nakamulak

【HP】
nakamurakentaro.com

2022.09.01

haru nomura と人  vol.3渡邉 星子(User)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第3回目のゲストは、haru nomuraの初めてのお客様であり、自慢の友人の渡邉 星子さんです。

福島県田村市、緑豊かな山間にひっそりと「蓮笑庵(れんしょうあん)」はあります。蓮笑庵は画家であった星子さんの父・渡辺俊明氏が築いたアトリエで、桃源郷という言葉そのもののような、美の灯る場所です。星子さんの美しい佇まいや仕草、ものごとへの眼差しは、福島のルーツの中にも見えてきます。

今回は星子さんに、日々の暮らしや蓮笑庵についてのインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や、暮らしについて教えてください。

福島県にある、山あいの小さな村に暮らしています。
少し前までは野村さんと同じ京都に住んでいて(家もご近所)母校の大学で働いたのちに故郷の福島へと帰郷しました。
亡くなった父が画家だったのですが、アトリエにはたくさんの作品が残っていて。その仕事ぶりや当時の様子が今でも色濃く残っています。そこで家族と一緒に、父の作品を扱う絵画工房として、また、作家の軌跡をたどる為の場所としてアトリエ運営を続けています。
普段の活動としては作品の管理や展示、保存の為の作業。それからアトリエや庭の維持管理が主な仕事でしょうか?大抵は泥んこで、庭の手入れに追われています。

Q.蓮笑庵のお気に入りの場所と、お父様の作品で好きな一枚を教えてください。

アトリエの一室、和室前の廊下にあるベンチ。
その端っこに座って、部屋を挟んで見える庭を眺めるのが好きです。山際に建つアトリエは中に入るとしんと暗く、自分のほか人の気配もない中じっとしていると鳥や、虫や、雨風の音だけが大きく聞こえてきます。ぼんやり座って向こう側を眺めているとどこか違う世界にいるようです。

「好きな作品」は改めて聞かれると難しいのですが、最近見つけたものがあって。
人形の素描、薄づきの絵の具でさらさらと描かれた絵の隣に、その人形がやって来た当時のことが詩のように書き留められている一枚。それがなんだか可愛くて、最近のお気に入りになりました。 紙とペンをいつも側に置いて、気がつくとじっと何かを見つめて筆を走らせていた父。そんな日常の中で描かれた作品になる前の絵やメモ書きがたくさんあって。それはそのまま、彼の生き方や思想、描くことへの信念や対象への眼差し、価値観や死生観… あらゆるものが記憶されたメモリーとして残りました。 それを一つ一つ拾いながら、画家としての父を改めて想っています。

Q.京都での思い出について。

故郷の他に一番長く住んだ土地で、野村さんと出会った場所。夜の散歩では同じ道を何度も行ったり来たりした後、お互いの家の真ん中くらいで別れる… というのが私達のいつも。
そんな京都に暮らす中で、自分の人生として何かをつくり続ける人たちにたくさん出会いました。
haru nomuraとして物づくりを続ける野村さんはもちろん、画家や、写真家や、染織家、デザイナー … 誠実さと、情熱と責任をもって自身の作品を生み出す彼らは憧れであり、尊敬する生き方の一つです。
私自身は作品をつくったり発表したりはしていませんが、そんな作家たちと近しい場所で過ごすことができてとてもうれしかった。

Q.haru nomuraのかばんでお気に入りがあれば、教えて下さい。

特別なかばんは茜で染められた斜めがけのショルダーバッグ。野村さんが学生時代につくったもので、自身のブランドとして初めて発表されたかばんです。大学生の時に購入して以来、メンテナンスをお願いしながら気が付けば10年以上。きっと、ずっと同じように使い続けるんだと思います。 それから、お気に入りは藍色の巾着。大きすぎず、小さすぎず、その収納力に甘えてつい考えなしに何でも入れてしまうのですが。手を入れて探るとその時必要なものにちゃんとたどりつく、なんだか四次元ポケットの様な袋です。

Q.さいごに

自分の目と、手と、心の行き届く分だけの物を持ちたいと思っています。
手にとった時、それを使っている自分が無理なく想像できるもの。
自身の身近に置いて心地のよいもの。
ただ持っているだけでうれしいもの。
そんな感覚をものさしにして手にとった物の中で、haru nomuraのかばんはとても自然に、あたりまえに、生活の中に溶け込んでいる様に思います。
握りしめて擦り切れた持ち手や、いつの間にかついたインクのしみ。柔らかく馴染んだ生地と、飴色に変化した木のボタン。ほつれて繕われた四隅はさらに丈夫に。染め重ねる毎に深くなる植物の色 …

父にとっての絵がそうだったように、わたしの大切な日常はharu nomura のかばんに記憶されているのかもしれません。

【Profile】
渡邉 星子 Hoshiko Watanabe
福島県生まれ。京都造形芸術大学 染織テキスタイルコース卒業。倉敷本染手織研究所60期卒業。京都造形芸術大学 美術工芸学科研究室勤務、同大学 染織テキスタイルコース 非常勤講師を経て、(有)蓮笑庵 The atelier of Syunmei Watanabe へ勤務。

・蓮笑庵 The atelier of Syunmei Watanabe
【 Instagram 】@renshoan
【 HP 】 renshoan.jp

2022.08.01

haru nomura と人  vol.2堀井ヒロツグ (写真家)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第2回目のゲストは、写真家の堀井ヒロツグさんです。

初めてお会いした時の印象は、葦のような強さとしなやかさを持つ人。憂いを含んだ眼差しで、フィルターを覗く堀井さん。目に見えない感情や流れる空気、被写体の皮膚の温度まで視覚化してくれる写真家です。京都を拠点に、ご自身の作品制作に加え、大学講師として未来の写真家を育成されています。

今回は堀井さんに、ご自身の写真についての眼差しや、haru nomuraの写真撮影の裏側についてインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や、暮らしについて教えてください。

普段は京都芸術大学にある写真映像コースというところで講師をしています。それと平行して、継続的に写真作品を制作して発表したり、写真撮影・動画撮影の仕事をしています。
よく、普段はどういった写真を撮っているのですかと聞かれるのですが、基本的には、身体をまとった存在としての私たちに関心があります。たとえばそれは身体や心や魂といったようにいくつ ものレイヤーに分けて見ることもできるし、逆にもっと即物的な見方もできる。皮膚を境界線として設定していることに基づいた固定的な目線のありかたをどのように更新していけるかなとか、そのようなことをいつも考えています。
慣れ親しんだつもりでいるけれど、この世界は不思議さに満ちている。写真のように「見る」という経験にとどまることで見えてくるものがあって、時間をスライスするように瞬間的に見るのではなく、眼差しが幅を持つことを大事にしています。

Q.haru nomuraの撮影の際、どんなことを意識していますか。

haru nomuraの撮影では、撮影までの段取りをすごく大切にしている印象があって、例えばかばんの解釈やイメージの奥行きについて何度も言葉を重ねながらチームで視点を起こしていくんですね。そういった土台を共有した上でモデルさんのスタイリングなどを支える背後の体勢がしっかりしているから、安心して現場で遊べるんです。
遊ぶと言っても奔放にするということではなくて、支えを万全にした上で、撮影空間に隙を招き 入れるようなことを意識しています。こちらのコントロールをほんの少し手放すというか、勝手に遊びが起こるようなことを受け入れていくというか。そういった自然な渦や流れの中に、本当に近いことが宿るような気がしていて、フィクションの場にふっと訪れるリアリティーを大事にしています。
あとは撮影の最中などにモデルさんにかばんの心地について尋ねるようにしていて、だいたい共通して「肌に馴染む」というような答えが返ってくるのが面白いんですが、長時間撮影しているとそういった皮膚感覚が一緒に写ってくると感じています。みんな最後はかばんがそのひとのかたちに沿った体の一部のようになってくる。

Q.これまでのharu nomuraの撮影で、印象的な一枚があれば教えてください。

ひとつめはモデルのしんぺいくんのしなやかな魂と鹿のまなざしが交わったテレパシックなひととき。ふたつめは同じくしんぺいくんが木の棒を拾って遊びはじめたとき。どちらも、物言わぬ感覚が前景化するような瞬間で、そこから個がひらいて世界の神経とつながるようなところがある。そのユーフォリックな光景に写真を通じてふたたび立ち会えることは素晴らしいし、見ているひとの胸にも共鳴が起こるといいなと思います。

Q.haru nomuraのかばんでお気に入りがあれば、教えて下さい。

旅するかばんです。カンガルーのポケットのように、自分の皮膚がなめらかに拡張したような心地があるのと、見かけによらない収納力の深さが頼もしいです。ひるがえって、この鞄に入らない物量は持ち歩きたくない!という謎の意識が生まれます。

Q.さいごに

これまでに三度撮影をさせて頂いているのですが、その中でもフレコンバッグの撮影は暗室で印画紙にプリントしているので、特に思い入れがあります。とても手間がかかるけど、そのやり方でなければ生まれない写真の美しさがあるんです。 写真は、出力の方法によってイメージの質感が変わってしまうことは意外と知られていないと思います。遠くから見たら見分けがつかないけど、近くで見ると全然違うなって。視覚の触覚に訴えかけるような、絵画で言うところのマチエールにも似ているのですが、その細部にこだわる感覚は芸大で学びながら制作を続けてきたharu nomuraの眼差しとも交差する予感がしています。
また、それ以降も毎回フィルムで撮影しているのですが、現像液、定着液を経て水の中から生まれる写真のプロセスが染めの工程にも似ていて、なんだか遠い親戚のように感じています。

【Profile】
堀井ヒロツグ 静岡県出身、京都府在住。早稲田大学芸術学校空間映像科卒業。2013年に東川国際写真祭ポー トフォリオオーディションでグランプリ、2021年にIMA nextでショートリスト(J・ポール・ゲ ティ美術館キュレーター:アマンダ・マドックス選 )を受賞など。

【Instagram】
@hirotsuguhorii

【HP】
hirotsuguhorii.com

2022.07.01

haru nomura と人  vol.1吉田紳平(画家)

haru nomuraの周辺の人たちにスポットを当てたインタビュー形式のコラム「haru nomuraと人」。第1回目のゲストは、画家の吉田紳平さんです。

吉田さんには、haru nomuraのイラストを長年お願いしています。
出会いは大学時代。ふらりと私の作業場に遊びにきて、お茶を飲みながら、さらりと素敵なイラストを描いてくれる、穏やかな夜風のような友人でした。
彼の画家としての魅力は年々増し、現在は日本を拠点に、国内外で展示を開催しています。

今回は吉田さんに、日々の暮らしや、新たに公開になったBags &Productsのイラストの制作についてのインタビューをしました。

Q.普段のご自身の活動や、暮らしについて教えてください。

画家をしています。幼少期に母とよく外へスケッチをしに行ったりして、花とか木とかをただ描くだけなんだけど、それだけで楽しくて、私にとって絵は身近な存在になっていました。
最初は高校から美術を専門的に学んで、その後美大へ進学しました(後に野村さんと学内で出会います)。美大を出たあとはドイツでの数ヶ月に渡る滞在制作を経験したり、現在は東京を拠点にしながら、国内外で展示をぽつりぽつりと行っています。主にポートレートを題材にしたものを10年程続けていて、ここ数年は絵画だけでなく時にインスタレーションと組み合わせて空間としての作品をつくることも試みています。
制作とは別に普段の生活では、料理をしたり、お茶の時間も大切にしていて、最近はとくに中国茶を楽しんでいます。
大きな理由があるわけではありませんが、ただお茶を飲むにしても、お湯を沸かし、湯冷ましをかけ、茶葉から旨みが出るのを待つなど、少しばかりの時間がかかります。だからこそ気持ちに余白がうまれ、普段なら見過ごしてしまいそうな日常のなかの小さな変化に触れることができる。それがお茶の魅力の一つだと思っています。
絵を描くことにしても、お茶の時間にしても、それらがもらたしてくれる余白そのものに価値を感じているのかもしれません。

Q.今回のイメージカットの制作過程について教えて下さい。

シンプルに、野村さんがものをつくることのどこに面白さを感じているのかを知りたいという気持ちがありました。普段のように筆と絵の具でただ描くのではなく、草木染めを特徴とするharu nomura のかばんが出来上がるまでの工程そのものをイラストに置き換えてみれば何かつくれないかな、とか考えて、頼まれるわけでもなくほぼ思いつきでやり始めました。(野村さんと何かするときはいつもそんな風に、自然に始まることが多いです)
まず、布を染料で染めるのと同じように紙を色で染めてみるとか、干して乾かして、作業台の上で生地を組み合わせるように、切り取った紙を台紙の上で並べてみるとか。
描くというより、組み立てるようにイラストにしていく。
そうして試しに作ったものから様々なバリエーションを少しずつ増やしていき、今回の貼り絵を手掛けました。最初から色紙を使ってやってみてもそれはそれできっとできるのかもしれませんが、手間がかかることでしか触れられない輪郭があることに途中から気づいたのだと思います。

Q.haru nomuraとの出会いについて。

僕が通っていた大学の絵画コースは、染織テキスタイルコースと同じ建物にあって、他の知り合いの教室へ遊びに行ったときに野村さんと出会いました。最初、彼女の作業場を見てものをつくることがこれほど豊かで、おもしろいのか。と感動したのをよく覚えています。
それからは気分転換をしに何度か遊びに行って、いつも野村さんは自分がさりげなく描いた絵をすごく褒めてくれて、じゃあ、イラストもやってみましょう、ってなって。そういう自然発生的なことを繰り返しているうちに、気がついたらもうずっとharu nomuraのお仕事に関わらせてもらっていました。ありがたいことです。

Q.haru nomuraのかばんでお気に入りがあれば、教えて下さい。

ほぼ毎日使っているのは旅するかばんです。とにかく軽くて、コンパクトに畳めるので旅先でも必ずリュックに入れていて、現地で大活躍してます。もう一つのお気に入りは巾着です。イヤフォンやスケジュール帳、文庫本などの細々したもの詰めてみたり、大きなかばんを持つほどでもないときに財布やスマホを入れたりするのに重宝しています。

Q.さいごに。

私は3月生まれなので春の花が好きです。そのなかで好きなのは、ムスカリ、クロッカス、チューリップです。とくにムスカリの花を見ると、昔に母が描いたムスカリの水彩画を思い出します。軽やかな筆運び、淡いサックスブルーの滲み、木製の簡素な額縁。さりげなくて、風通しのよい小さな絵でした。
その絵は特別に価値があるという訳ではなく、言うならばその家のお守りのようなものです。きっとharu nomuraを好きでいる人たちにとっての、ひとつひとつのかばんがそうであるように。

【Profile】
1992年奈良県生まれ。2014年京都造形芸術大学を卒業。
絵画を主なメディアとし、現在は東京を拠点に活動。
静かで控えめな色彩のポートレートを描いている。2018年にドイツのアーティストランスペース〈FRISE〉にてアーティストインレジデンスに参加。以降はファウンドフォトを題材にした色鉛筆によるポートレートシリーズや、自身のプライベートな体験から着想を得たインスタレーション作品を展開している。主な個展に「There was a silent night on my side」(FRISE、ハンブルク/2019年)、「That star at night is closer than you think -夜のあの星は、あなたが思うよりも近くにある」(keiokairai gallery 、京都/2021)、「Blick der Imagination-空想のまなざし 」(Mikiko Sato gallery、ハンブルク/2021)、「For example, it is the wind against your cheekたとえば、それはあなたの頬に当たる風」(GALLERYcrossing,岐阜/2022)などがある。

【Instagram】
@peyysd

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